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(にじ)

 

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昔、どことも知れぬ南の海に、一匹のクジラが住んでおりました。

ある日のこと、このクジラが岸辺の近くを泳ぎかかりますと、見慣れぬゾウが浜辺で水を浴びているところが目にとまりました。ゾウは真夏の太陽のあまりの暑さに耐えかねて、少し涼もうと海の水を浴びていたのです。

ところが何しろ体の大きな象のことです。水の中を歩くたび、長い鼻で海水を吸い上げるたびに、足元のエビを踏んづけたり、水の中の小魚を吸い込んでしまったり…。浜辺に住む海の生き物たちは大騒ぎでした。

その騒ぎを見てクジラは思いました。

「やや、これはけしからん。あんな陸(おか)の生き物が、海の平和を乱すとは許せないことだ。海の生き物の中でも一番からだの大きな自分が意見して、海の中から追い出してやろう。」

そこでクジラは海の中から、とびきり大きな潮を一つ、プーッと吹き上げ、浜辺のゾウに向かって言いました。

「おいおい、そこの鼻の長いヤツ。そこは海の仲間の領分だ。お前の来るところじゃない。分かったらとっとと出て行け!」

良い気持ちで水浴びをしていたところにいきなり「出て行け!」と言われては、浜辺のゾウも面白くありません。ましてや自分は陸(おか)の上では一番の力持ち。このまま引き返したのでは、陸(おか)のけものたちにも笑われてしまうと考えました。

「いきなり何を言うかと思ったら失礼なヤツだな。どこで水を浴びようが、足のつく限り、オレの勝手だ。余計な口は挟まないでおいてもらおう。」

これを聞いてクジラも「なに!?」と腹を立てましたが、何しろ大きすぎる身体が邪魔をして、直接ゾウのいる浜辺までは近づけません。ゾウもゾウで、水を吸い上げてはクジラに向けて吹きかけますが、もともと水の中にいるクジラには、痛くもかゆくもないことです。

それでもお互い、「このままでは譲れない。」と、どこからか長いロープを見つけてきて、綱引きで勝負を決めることにしました。

「いいか。この綱引きで負けた方は、何でも勝った方の言うことを聞くんだ。俺が勝ったらお前はさっさと陸(おか)に戻って、そのうえ陸(おか)の食べ物をたくさん集めてごちそうするんだぞ。」

クジラがゾウに言いました。

「良いとも。その代わり俺が勝ったらここは俺たち陸(おか)のけものの“なわばり”だ。魚もエビも全部、腹いっぱいになるまで食ってやる。」

「おう、上等だ。出来るものならやってみろ!」とクジラが答えたのは、いかにゾウが力持ちでも、体の大きさならクジラには自信があります。万に一つも負けるなんて考えていなかったからです。

ところが…。

いざ綱引きを始めてみると、ゾウの足が浜辺の土をしっかりと踏みしめているのに、クジラの体は水の中。プカプカ浮いているのですから、いくらクジラが一生懸命泳いでも、中々力が入りません。クジラは少しずつ、ゾウに引っ張られるようになってしまいました。

「これはたいへん!」

慌てたクジラは遠巻きに様子を見ていた小さなエビや小魚たちに言いました。

「何をしているんだ。もしこのままオレが負けてしまったら、お前たちも根こそぎ、あのいまいましい陸(おか)の生き物に食われてしまうんだぞ!!」

それを聞いては魚やエビたちも黙って見ているわけにいきません。たちまち何千万、何億万と言う数の仲間を集めて、一生懸命にクジラの周りを泳ぎまわり、クジラを引っ張る潮の流れを起こしはじめました。

これを見たゾウは

「ずるいぞ!きたないぞ!」

と声を荒げましたが、魚やエビも直接、クジラを引いたり押したりしているわけではありません。ただクジラの周りを泳ぎ回って潮の流れを作り出しているだけなのですから、綱を引いているのはゾウとクジラです。それ以上のことは言えませんでした。

しかしさすがにこうなりますと、ゾウがいくら足を踏ん張っても、何億と言う海の生き物の力にはかないません。やがてゾウは少しずつ、小魚やエビたちの作り出した潮の流れに引っ張られてはじめ、やがて海と陸(おか)との綱引きは、ついにクジラの勝利に終わりました。

「綱引きは海の勝ちだ!ばんざーい!!」

沢山の小さな魚やエビたちが大喜びするのを見て、クジラもようやく、ほっと一息つきました。

「やれやれ。これでようやく、海の平和が守られた。」

ところがゾウとの綱引きの間、クジラはあんまりいっしょうけんめい泳ぎ続けていたものですから、すっかりお腹が減ってしまいました。

「さあさあ約束どおり、陸(おか)のごちそうを食わせてもらおうじゃないか。」

それなのにゾウが集めてきたごちそうは、バナナにオレンジにパイナップルにココナッツ…。どれもクジラには食べられないものばかりです。

「これじゃ何の腹の足しにもなりゃしない!」

その時、お腹がすいて目が回りそうになったクジラがふと気が付くと、目の前には美味しそうな小魚や小エビがいっぱい、群れを作って泳いでいるではありませんか。

クジラ突然、何にも言わずに大きく口を開けると、綱引きに勝って大喜びしている小魚やエビたちを丸ごと、一匹残らず飲み込んでしまいました。

「いやいや。綱引きには勝ったし、お腹もいっぱいになったし、これで万事めでたしめでたし。きょうはとても良い1日だったなあ。」

大きなクジラはご機嫌な様子でそう言うと、またひときわ高く、大きな潮を空に舞い上げて、沖へ向けて悠々と泳ぎ去って行きました。

後にはただ、何の生き物もいなくなった浜辺に、クジラの吹き上げた潮だけが舞い残り、大きな大きな虹が出来ておりました。


おわり

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