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女子衆と海の神さん

(おなごしゅうとうみのかみさん)

〜 大瀬神社偽縁起 〜

 

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<1>

 その昔、駿河の海の神さんは、たいそうな荒くれ者で、しばしば海を荒らしては、漁師の村々を苦しめた。その上どうにも欲張りで、漁師たちが駿河の海の魚をとることも、本当は気に入らない。働き者の漁師たちが、いつもより少しばかり沢山の魚や貝をとったというだけでも、自分の食い物が減ると怒っては海を荒らし、漁師たちを呑み込んで、海の底の自分の屋敷の下働きに使ったりするのだった。

 「駿河の海は全部が全部、おらん物だ。文句のある奴は全部、海の底へ引きずりこんでやる。」

 そんなある年、駿河の海では珍しいほどの大漁が続いて、その分また、けちんぼな海の神さんが怒ることが多くなった。昨日は大漁かと思うと今日は海が荒れて漁師が海に呑み込まれる。
 そんな事が幾度も幾度も繰り返されて、ふと気が付くと、駿河の海の漁師の村々からは、男衆の姿がすっかり消えてなくなっていた。みんな海の神さんにさらわれて、深い海の底で働かされているのだった。

<2>

 こうなると、海にいくら沢山の魚が泳いでいても、その魚をとることも出来ない。
 ほとほと困った漁師の村々では、残された女子衆達が寄り合って、智恵を集めた。

 「このまんまじゃあ、おら、みんな飢え死にしてしまうだよ。どうにかしなきゃあなんないずらよ。」
 「女子衆だけしかいないだけんが、智恵なら男衆には負けないら。」
 「おお、そうだよ。わたしらで海の神さんを懲らしめてやらざあ!」

 女子衆はさっそく支度を整えると、普段は男衆だけが乗る船を海に漕ぎ出した。村々にありったけの晴れ着を集めると、その晴れ着で着飾った若い娘を舳先に立てて、女房どもが櫓を漕き、婆様たちが舵をとった。子供を孕んだ身重のおっかさま達までが、網に隠れて海に出た。

<3>

 男衆をすっかり海に呑み込んだ海の神さんは、見慣れぬ船が海に漕ぎ出したのを見て、不思議に思った。

 「はて、駿河の海の漁師たちは、もうすっかり、おらん屋敷にさらって来たはずだだけえが。」

 水面まで出てくると、海の神さんは初めて見る若い娘らの美しい姿にすっかりのぼせ上がってしまった。船が波を受けて揺れるたび、娘らの着た晴れ着のすそが割れて、白い足があらわになる。胸元からは乳もこぼれて落ちそうだ。
 いままで男衆ばかりさらって来ていた駿河の海の神さんは、どうにも我慢がならなくなって、どきどきしながら娘達に声を掛けた。

「おおい。おらはこの駿河の海の神さんだ。おらあ、今まで、おまえらみてえな美しい者は見たことがない。是非、おらん屋敷に来て、一緒に酒でも飲んでくりょう。」

 娘らの中でも一番の美しい娘が鈴を転がすような声で答えた。

 「はい。私どもも有名な駿河の海の神さんに、一目お目にかかりたいと思って、海に漕ぎ出して参りましたが、ご覧の通りの女子船。波が高くてはとてもそこまで参れません。」

娘が言い終わるのが早いか、たちまち海は鎮まって、女子衆の船はまんまと無傷で、駿河の海の神さんの屋敷に入り込むことが出来た。

<4>

 「これは駿河の海の神さんに食べて頂こうとお持ちしたお土産です。」
 駿河の海の神さんの屋敷につくと、娘らは村々から集めてきたありったけののごちそうやお酒を神さんの前に並べた。
 「私どもがこれから料理いたします。」今度は女房達の出番だ。
 「料理が出来上がるまでは、私どもが聞いてきた珍しい国々の土産話でもお聞かせしましょう。」
 婆様たちもいろいろな面白い昔話をしては海の神さんのご機嫌をとる。
 駿河の海の神さんはすっかり良い気持ちになって、娘どもにすすめられるままに大酒を呑み、女房どもが作った沢山のごちそうを腹いっぱいに食べ、婆様たちの話に大笑いして、すっかり眠くなってしまった。

 「さあさあ、今日はもうお疲れになったことでしょう。おやすみになる前に、私が肩をもんで差し上げますから、そこへうつ伏せになって寝転んで下さいまし。」

 美しい娘が言うと、すっかり気を許した駿河の海の神さんは、手足を長々と伸ばして、ばったりと寝そべると、たちまち、ぐうぐうと大いびきをかき始めた。

<5>

 「それ、今だ。」
 美しい娘の声を合図に、娘たちがいっせいに駿河の海の神さんの上に飛び乗る。神さんは「おやっ。」とは思ったが、娘らが飛び乗ったくらいでは、海の神さんにとっては何でもない。
 「えいや、わたしらも。」続いて女房達が飛び乗った。
 さすがの海の神さんも、ようやく、これは一大事と気づいたが、手足を伸ばしてうつ伏せのままでは力が入らない。
 「そりゃ、続け続け。」婆様たちまでもが、曲がった腰をおっ立てて、駿河の海の神さんによじ登る 。
 駿河の海の神さんは立ち上がることも出来なくなって、これは困ったことになったと思ったが、しかし、さすがは荒くれ者でならしただけのことはある。なかなか「参った。」とは言わなかった。
 とうとう、今までずっと船の中に隠れていた身重のおっかさま達までが、駿河の海の神さんの上によじ登って、どっしんどしんと脚を踏み鳴らし始めた。
 「どうじゃ、参ったか。どうじゃ、男衆を返すか。」

<6>

 ひとりでも二人分のおっかさま達に踏みつけられたのでは、さすがの駿河の海の神さんもたまらなかった。べそをかきながら女子衆にあやまった。

 「参りました。参りました。これからは女子衆のみなさんの言うことを聞きます。むやみに海を荒らしたり、男衆をさらって来たりは致しません。さらって来た男衆も、みんな女子衆に返します。」
 駿河の海の神さんは、駿河の海を見渡せる伊豆の大瀬崎の神社に祭られ、漁師の村々の守り神になることを約束させられた。

<7>

 それからというもの、駿河の海はすっかり穏やかな海になり、沢山の魚がとれて、漁師の村々はみな、幸せに暮らすことが出来るようになった。
 駿河の海の神さんも、漁師の女房たちの口利きで富士の女神様と所帯を持って、すっかり大人しくなったということだ。

 ただ今でも、年に一回、四月の四日には、駿河の国の船乗り達は、着飾った若い女子衆の恰好で船に乗り、伊豆の大瀬崎の神社にお参りをすることになっている。大瀬神社のお祭りで、漁師達が振り袖を着たりお化粧をしたりして着飾るのは、昔々にそんな理由があったということだ。

 また、駿河の漁師達の村々で、女房達にどうにも頭が上がらない男衆が多いというのも、おなじ理由という訳だ。

おしまい

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