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海の王様

(うみのおうさま)

〜 海の女神様とやどかりのおはなし 〜

 

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 ある時、海の中にいる生き物の全部を集めて、女神様が言いました。
「さあ、これから、あなたたちの中から、海の王様を選びます。自分こそは王様にふさわしいと思うものがいたら、前に出なさい。」

 最初に前に出てきたのは、たくましい体と、するどいキバを持ったサメでした。
 「海の王様と言うことなら、オレ様以外にはいないでしょう。このキバ、この体、どんな生き物にだって、ケンカだったら負けません。」
 じっと聞いていた女神様がサメに聞き返しました。
 「じゃあ、あなたは、王様になったら何をしたいの?」
 「世界中の海の魚が全部オレ様のもの。食べて食べて食べ尽くしてやります。」
 「これはとんでもない。」と女神様は思いました。
 「王様は、ただ威張って食べているだけではいけません。あなたは海の王様にはなれないわ。」

 次に女神様の前に出てきたのは、大きな大きなクジラでした。
 「王様というからには、やっぱり見た目が立派でなくちゃ。世界中の海を泳ぎ回るこのからだ、からだの大きさだったら誰にも負けません。」
 「ではあなたが海の王様になったら、あなたはどんなことをしたいの?」
 「今の海はちょっと狭い。僕らクジラがもっと悠々と泳げるように、陸を沈めて海にします。」
 「これもとんでもない。」と女神様は思いました。
 「おかの生き物と争うために王様を決めるわけではありません。あなたもやっぱり海の王様にはなれないわ。」

 次に出てきたのはチョウチョウウオです。
 「今まで黙っていたけれど、美しさで選ぶならやっぱり私たちでしょう。サメやクジラなんかとんでもない。あんな野蛮な連中には、海の王様はつとまらないわ。王様というからには、やっぱり優雅で美しくなくちゃ。私なら女王様にぴったりだと思うわ。」
 「ではあなたが女王様になったら、あなたは何をしたいの?」
 「女王様って何をしても良いのでしょう?そうしたら毎日毎日、歌って踊って遊び暮らすわ。」
 「これもまたまたとんでもない。」と女神様は思いました。
 「遊び暮らすために王様になるのではいけません。他には誰かいないのかしら?」

 その次に女神様の前に進み出てきたのは、大きな頭をゆらゆらと揺らしたタコでした。
 「王様といえば知恵、知恵。知恵で言えばワシ以外にはおらんじゃろう。なにしろ文字通り、四方八方に伸ばした八本の足で、一日中調べ物をしているのじゃからな。」
 「じゃあ、あなたが海の王様になったら、あなたは何をしたいのかしら?」
 「まずは勉強、勉強。」
真っ赤になってタコが言います。
 「海の生き物たちもみんな、毎日毎日、試験勉強じゃ。出来の悪いものには片っ端からワシの墨を吹きつけてやる。」
 「これもちょっと困ったわ。」女神様は思いました。
 「王様は勉強が出来れば良いというものではないのよ。あなたが王様になったら、すぐに海は真っ黒になってしまうわ。」

 その後も、いろんな魚や生き物が、次々と女神様の前に出てきては、「自分こそ王様に」と言うのですが、その誰一人として、女神様は王様に選ぶことは出来ませんでした。
 最後にはもう「自分を王様に。」と言って名乗り出るものもいなくなり、女神様はほとほと困ってしまいました。

 と、そのときです。
 女神様は集まった海の生き物たちの一番後ろで、ちょこまかと動き回っている小さな生き物に気が付きました。
 「あなたはだあれ?そこで何をしているの?」
その生き物が答えました。
 「わたしはやどかりと申します。魚や他の海の生き物の食べ残しやごみを片付けるのが仕事です。こんなに沢山の生き物が集まっていますので、女神様のお話の途中だったんですが、ちょっとお掃除をさせてもらっていました。」
 とにかくすべての海の生き物が集まるようにと言われたものですから、やどかりも女神様の屋敷まではやっては来たのですが、あまり沢山の生き物が集まってきていましたので、やどかりが掃除をしなければ、もうとっくに女神様のお屋敷も、ゴミや食べ残しにうまってしまうところだったのでした。

 やどかりの話をじっと聞いていた女神様は、急に何か思いついたようで、にっこりと笑うと言いました。
 「まあ、それは感心。それじゃ海の中がいつもきれいに片付いているのは、あなたがお掃除をしてくれているからなのね。」
そしてやどかりを手のひらに乗せ、今度は集まった海の生き物たちに向き直ると、大きな声で言いました。

 「海の王様が決まりました。これからこの海の王様は、このやどかりです。やどかりの体は小さいけれど、あなたたちの食べ残しをお掃除してくれる、大切なお仕事をしています。このやどかりがいなければ、あなたたちの海も、たちまちゴミで埋まってしまうでしょう。そうしたら、もう誰も海で暮らして行くことは出来ません。」
そして女神様は、今度はやどかりに向かって言いました。
 「さあ、今日からあなたがこの海の王様です。立派な王冠をあげましょう。」

 ところが、それを聞いたやどかりは、もじもじして答えました。
 「あのー、実はボクは王冠よりも、丈夫なお家が欲しいんですけど…。だって、ボクのおなかはとっても柔らかくて、すぐ傷ついてしまうんです。」
 そのころ、やどかりはまだ、白くて柔らかいお腹を剥き出しにしたまま、海の底を引きずっていましたので、岩や砂にこすられて、お腹がいつも傷だらけなのでした。
 やどかりの傷だらけのお腹を見た女神様は、にっこりと笑って、ヤドカリに答えました。
 「わかりました。では王冠の代わりに、あなたには立派なお家をあげましょう。これからこの海の中で、持ち主のいない貝殻は全部あなたのものです。好きなときに好きな貝殻を拾って、自分の家にすると良いでしょう。」

 さて、それからというもの…。
 王様になったやどかりの暮らしに、特に変わったところはありません。相変わらず朝早くから暗くなるまで、海の底をあちこちと歩き回っては、魚や他の生き物の 食べ残しのお掃除をしています。
 だって、やどかりは好きでそうしているんですから、王様になったからって別のことをしようとは 思いませんでした。
 海の上の方ではサメが相変わらず威張っているし、クジラも相変わらず悠々と泳いでいるし、チョウチョウウオも相変わらずのおしゃれ。 タコも相変わらず、ブツブツ文句を言いながら、黒い墨を吐いて暮らしています。
 だってこれまでもずっとそうして来たのだし、これからもずっとそうしていれば良いと、やどかりは思ったのです。

 ただひとつ変わったことは、ヤドカリが背中に立派な貝殻を背負うようになったこと。
 海の底のお掃除をしながら、時々、お気に入りの貝殻を見つけると、ヤドカリはさっそく 貝殻をとりかえて、ちょっとおめかしをしてみます。
 今のところこれが、王様になったやどかりの、たったひとつのぜいたくというわけです。

おしまい

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