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三保の岬

(みほのみさき)

〜 不二の女神さんと漁師の男のおはなし 〜

 

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 昔な、駿河の海はな、田子の浦から御前崎まで、途中に岬のひとつもなくてな、ただぐるっと、まあるい砂浜ん続いていただよ。

 ほんだけんな、ある時な、安部の川のほとりに住む漁師の若い衆の一人んな、不二の女神さんに一目ぼれをしてな、

「おーい。不二の女神さん!なんとしてもおらん嫁になってくりょう。不二の女神さんがおらん嫁になってくれるんなら、おら、何でもするんてよお!」

ってな、大声で叫んだだよ。

 ほんでな、その頃はな、まだ、富士の女神さんもおぼこでな、男のことも良くは知らなかったもんで、ちぃっと、いたずら心を起こしただな。男に向かって答えただ。

「ほう。あんたんそれほど言うなら、おら、あんたの嫁になっても良いだけんが、おらんあんたの家へ嫁に行くに、蒲原、由比と遠回りするのが嫌だ。安部の川から田子の浦まで、まっすぐに道を作ってくりょう。そしたら喜んで、あんたんとこへ嫁に行くんて。」

 これを聞いて漁師の男は大喜び。さっそく天秤棒にもっこを下げて、安部の川の川原の石ころを集め、駿河の海を埋め始めただよ。

不二の女神さん、それを見て大喜びでな。
「ありゃ、あんなに一生懸命で。それほどおらに惚れただか。」
と、笑っていただけんが、若い娘のことだもんでな、冷たいもんだなやあ。そのうちすぐに忘れちまっただよ。

 ところがな、男の方は必死でな。ただもう「これで不二の女神さんを、おらん嫁ッこに出来る!」と思って、来る日も来る日も、朝から晩まで、飯も食わずに石を運んで、海ん中に道を作り続けただよ。
 だけんな、どうせ人間の命なんて短いもんだんて、駿河の海に道を作る事なんて、出来るわきゃあないっけだ。海ん中に道が出来るより先に、男の寿命が尽きただな。ある朝、お日さんが上ってみると、もっこに天秤棒をかついだまんま、海の中に途中まで突き出した道のいちばん先でな、男は倒れて、もう息もしてなかっただそうだよ。

 それでもな、流石は駿河の漁師が一生かけて道を作ろうとしただけのことはある。男ん死んだ時にゃあな、安部の川の川口の近くから、不二の山に向かってまっすぐに、駿河の海ん中に飛び出した道が、もうすでに、立派な岬になってただよ。で、それがな、今の三保の岬になっただな。
 だからな、空の上、不二の山のてっぺんから見るとな、三保の岬はな、不二の山に向かって真っ直ぐに、男が手を伸ばしたような格好に見えるらしいだよ。

 そんでな、そん時にはな、不二の女神さんも男のことはすっかり忘れていただけんが、
「さすがにこりゃあ、申し訳ないことをした。」と、後悔したずら。
「せめてもの罪ほろぼしだんて、男にはいつも、自分の一番綺麗な姿を見せてやることにすらず。」と、心に決めて、だからな、三保の岬から見る不二山の姿がな、今でも日本一の美しさだと言う訳だ。

 こりゃあな、われの爺さんのそのまた爺さんがな、おらに聞かせてくれた話。

おしまい

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